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イギリスでの歴史

1854年頃にはイギリスにおいてラサ・アプソが存在していたといわれています。
しかし当初ラサ・アプソとチベタン・テリアが混同されており、
明確な体型や毛質の違いがあったものの区別されずに同一犬種として扱われていました。
実際、これらの異なる犬種は、1900年代初頭に1つの犬種とされ、ラサ・テリア、チベタン、ブータン、ブタテリアとして知られるようになりました。

1901年、リオネル・モンタギュー・ジェコブ卿によって書かれた「ラサ・テリア」という題名の、ラサ・アプソについての解説が出版されました。
当時のラサ・アプソについて知ることができる貴重な文献となっています。


その後、ラサ・アプソとチベタン・テリアは、体型別に分けられてドッグショーへ出陳される事になり、
1908年には、小さいタイプのラサ・テリアである、ラサ・アプソのチャンピオンが誕生します。
(CHラプソ 1907年チベット、シガツェから輸入)

1934年、チベットの犬種を正しく分類する目的で、チベタン・ブリーズ・アソシエーション(チベット犬種協会)が設立されました。
同年、チベタン・ブリーズ・アソシエーションはラサ・アプソのスタンダードを発表しましたが、それに適うラサ・アプソは、殆ど存在しませんでした。
翌年1935年のクラフト展には12頭のラサ・アプソが出陳、レディス・ケネル・アソシエーション展には14頭が出陳、そしてケネル・クラブには、登録されたラサ・アプソは、僅か10頭でした。

チベット僧ラサアプソ  動物の国外への持ち帰りが中国、アメリカ、インドによって禁止とされる前、新たにラサ・アプソがチベットから輸入されましたが、第二次世界大戦以降、イギリスのラサ・アプソが元の状態を取り戻すまで、暫くの時間を要することとなります。
1956年には、ラサ・アプソの数は十分に増え、勢力を増し、ラサ・アプソのオーナー達は、チベット・ブリーズ・アソシエーションから独立するまでに至り、同年の12月18日、ケネル・クラブはラサ・アプソ・クラブの設立を承認しました。
1959年、ラサ・アプソは、ラサ・テリアからチベタン・アプソと改名され、ケネル・クラブで既に認定されていた他のチベット種、チベタン・マスティフ、チベタン・スパニエル、チベタン・テリアの枠に入りました。


1965年、ケネル・クラブによるチベタン・アプソのチャンピオンが誕生。
1970年、チベタン・アプソからラサ・アプソに改名、同年、現在イギリスにあるラサ・アプソ・クラブが公式に設立されました。

1973年、ラサ・アプソのスタンダードが公式発表されましたが、その数年後に再検討され、
現在ケネル・クラブ、FCIが採用している現代的なスタンダードとなっています。